茶室

除霊を通じて、現世を生きやすくする霊能力者 柳生 忠司です。

今日は、結界についてお話したいと思います。

よく、結界の張り方について教えて欲しいというご要望が多いですが、結界のことをよく理解させてなくて、”結界=バリア”と思ってらっしゃるようです。

ここで、結界について定義しておきます。

結界とは?

結界(けっかい)とは、仏教において、サンガ(saṃgha, 僧伽(そうぎゃ)[注釈 1])がひとつの「現前(げんぜん)サンガ」(sammukhībhūta-saṃgha)[注釈 2]の空間領域(sīmā =界)を設定することを言う[1]。結界についての規定は律蔵の犍度(けんど)の第一章に見られる[1]。

後世、界の概念と密教の神秘主義が合体することにより、原初のインド仏教にはなかった、「特殊なエネルギーを保持した神秘空間としての界」という観念が生じ[2]、聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を維持するために区域を限るという意味あい(けっかい、Siimaabandha)も生じた。

さらに日本では、古神道や神道における神社などでも、同様の概念があることから、言葉として用いられている。大和言葉では端境(はざかい)やたんに境ともいう。

 

わかりにくい説明ですが、要約すると、”「特殊なエネルギーを保持した神秘空間としての界」という観念が生じ[2]、聖なる領域と俗なる領域を分け、秩序を維持するために区域を限る”ということになると思います。

私の考えでは、空間に線引して、聖域とそうでないところを定めることです。
ですから、地面に縄をはって、四角く囲うことが、結界を張るということになります。

目に見える縄を張れば、物理的な結界ですし、目に見えない縄であれば概念的な結界であるといえます。

で、何が言いたかったかというと、結界なんてものは、単に空間に線を引いただけのものだということです。

結界には魔が入れないのか?

”結界を張る=魔が入れない”と思っている方が多いですが・・・

神社には、結界が張ってあります。
入れるかどうかというと、鳥居をくぐれば入れます。
鳥居の中が聖域、外がそうでない空間です。

もう一つ、違うアプローチで考えますと、神社の何には、邪霊がいないのかというと、うじゃうじゃいます。

参拝する方が連れてくる場合もありますし、神社に居ついているものもいます。

ということは、結界が張ってあっても、邪霊程度のものであっても自由に入れるし、居つくことができるということです。

”結界=魔が入ってこれない状態を作ることができる”と誤解している人が多いですが、ただ聖域とそうでないところを線引しただけです。

規模の大きな結界

私の住んでいる京都を例にあげると、北の結界は、鞍馬、東の結界は八坂神社、南の結界は東寺、西の結界は広隆寺となり、風水における四神獣の概念により作られていると思われます。

これで、京都市内(洛中)に結界が張られていますが、この結界は単なる線引とは大きく意味が変わります。

というのは、神社では、神事が行われ、寺では仏像が配置され、供養がなされています。これは、エネルギー状態を上げてアクティブにしている状態です。

言い方を変えると、警備員というか、セキュリティーとかボディーガードを配置して、悪いものが入ってこないように待機しているイメージなのです。

ですから、京都市内(洛中)は、エネルギーの淀みがすくなく流れがよくなっています。しかし、この結界、京都(洛中)を守るという大きいものには対応していますが、ちいさいものには対応していません。

ですから、京都市内(洛中)に結界が張ってあるからといって、邪霊がいないかというと、うじゃうじゃいます。

結界はなんの役にも立たないのか?

私からすれば、結界とは共通の概念であり、約束事であって、そのルールに乗っ取ってくれなければ意味がないものです。

たとえば、お茶をする人にとって、茶室の中は結界ですが、しない人にはただの小さな和室です。

違う言い方をすれば、サッカーは手を使ったらいけないわけで、その約束事にのっとってくれるからサッカーという競技が成り立つわけです。サッカーをしている中に、3人ほどラクビーの人が入ってきて、ラクビーのルールに乗っ取ってボールを持って走り出すと、サッカーという競技は成り立ちません。

また違う言い方をすれば、公園で、棒きれを拾ってきて、地面に線を引いて、ここオレの陣地と言っているのを、周りの人が付き合ってくれるから、ここオレの陣地が成り立ちますが、ルールバスターみたいな奴がやってきて、無視してズカズカと入り込んでくると全く意味をなさないということになります。

ですから、同じ概念(世界観を含めた価値観)を共有してくれる相手とであれば、結界は役に立ちますが、この概念を共有してくれなければ結界は全く意味をなさないものになります。

ですから、結界を張ることで、悪いものから守ってくれるバリアにはなりません。

結界をバリアとして効かせるなら

結界をバリアとして効かせようとするなら、聖域を線引し、その上に明王や仁王などを配置することです。

では、具体的にどうすればいいのかということになりますが、開眼供養をした仏像を配置し祀り、供養をしエネルギーをどんどん送りこみます。

そうすれば、明王や仁王がアクティブになり、結界をバリアとして効かせることができ、一般的にいう結界を張ったという状態が保てます。

しかし、個人でそのようなことをするのは、まず無理です。寺院でないと難しいと思われます。

私は、密教の作法を使い、仏像を配置したものを再現することで結界を張ることができますが、正直言ってあんまり効きません。なので、たまにしか使いません。

もっとも、たまに使う理由は、やり方を忘れたらイヤだからです(笑)

なので、霊能力者や呪術師意外の方は、結界の張り方は、あまり考えないほうがいいと思います。

はっきりいって、労力を考えると効果が薄いです。

結界を張りたい=生霊(サイキック・アタック)や死霊などの霊障を受けたくないということであれば、もっと効果的なやり方があるので、また次の機会にお話します。

今日のお話はここまでです(^o^)


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幼少の時から霊媒体質で、10歳から18歳まで神道で修行をする。 15歳の時に、学校の図書館で気功の本に出会い、その通りやったらすぐできるも、飽きて2週間でやめる。 社会人になり、霊媒体質のため、日常生活で憑依されることがおおく、その対策のため、密教の作法、レイキを学びフル活用する。 人見知りで、他人の目を見て話すことができなかったため、コミュニケーションについて徹底的に学び克服、その背景には、催眠、NLPがある。 金融・不動産・ネット通販に精通している。 宅地建物取引士・行政書士
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